子供たちの未来を拓く本を作りたい
戦争の世紀と言われた20世紀最後の夏2000年7月7日、
よも出版は誕生しました。 『サダコ』を出版する、そのために立ち上げた出版社です。
それは、「よも」の“よ”横川と“も”の守屋が、
それぞれ記者として教師として子供たちの
未来を思いながら活動してきたなかで、
「サダコ」は核のない世界へのパスワード、 その思いで一致したからです。
(この経緯は『Do you know Sadako?』に著しています)
世界唯一の被爆国・日本。
人類が作り出した最も恐ろしい悪魔・核兵器の原子爆弾によって、
広島・長崎合わせて何十万人もの命が一瞬に吹き飛んだのは60年前。
その後、日本はすっかりモノの豊かな国に生まれ変わり、 あの惨劇を忘れつつあります。
2005年8月6日、広島の平和記念式典で、広島市の秋葉市長は
「平和宣言」のなかで、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という
被爆者の祈り、つまり「子どもを殺すなかれ」を
人類最優先の公理として確立することが未来世代の責務だ、
と核廃絶を改めて訴えました。
しかし、世界では、核抑止力(核兵器の保有が戦争の抑止力になる)などという
都合のいい論理が展開され、あろうことか、劣化ウラン弾など
“使い勝手がいい”核兵器の小型化が進んでいます。
アフガニスタン、イラク、コソボなどで使われたという劣化ウラン弾により、
どれほどの子どもたちがその影響と思われる白血病やがんで苦しんでいることか。戦場に放置されたままの放射能を帯びた兵器、汚染された土地、このさき被爆者から生まれる赤ちゃん……被害はさらに広がっていくと見られています。
まさに、サダコが被爆から10年も後に「原爆症」を発症したように、
その恐ろしさはこの先計り知れません。
子どもたちの未来が大人の戦争で奪われることは許されません。 14歳のとき長崎で被爆し、現在も積極的に語り継ぐ活動を
されている被爆者の一人、谷口稜曄さんは
「私は忘却を恐れます」と言います。 歳月とともに“戦争を知らない大人たち、子どもたち”が増えていくなかで、
「忘れてはならない」の前に「知らなくてはならない」になってきているのです。
原爆の子の像・佐々木禎子さんの話が世界で有名であるほどには
日本で知られていない現実は、その危うさを物語っています。
『サダコ』から始まった出版社。
これまで6冊の本を世に送り出しました。
戦争の大切な記憶、そして、人として大切にしていきたい心……
子どもたちの未来のために伝えていくべきと信じる本を、
これからも積み重ねていきたい、そう思っています。
子供たちの未来を拓く本を作りたい、
それがよも出版の合い言葉です。
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